国境をまたぐ特許権の侵害 ~海外サーバー利用でも保護を検討~

特許

内容

1.はじめに:
2.国境をまたぐ特許権の侵害について:
2.1 特許権の侵害が認められるには構成要件の全部の実施が必要:
2.2 物の発明を例にした特許権の侵害:
2.3 特許が保護されるのは権利を取得した国に限られるという問題(属地主義):
2.4 インターネットサービスによる実施の現状:
2.5 特許庁の動き:
2.6 令和5年度調査研究における改正の議論:
3.おわりに:

 

1.はじめに:

2024年11月5日付の日本経済新聞朝刊に、海外のサーバーを利用した国境をまたぐインターネットサービスが広がっていることを受け、特許法を改正し、条件を満たせば特許の保護対象であると明文化する旨の記事が掲載されました[i]

新聞報道だけでは分かりづらい点があると思いますので、何が問題になっているかを中心に、できる限り分かりやすく解説したいと思います。

 

2.国境をまたぐ特許権の侵害について[ii]

 

2.1 特許権の侵害が認められるには構成要件の全部の実施が必要:

 

特許権者に無断で業として特許発明を「実施」した場合には特許権の侵害となります(特許法第68条)。

ここで、「実施」とは、特許法第2条第3項に規定する行為を意味します。

<特許法(昭和34年法律第121号)>

(定義)

第二条

<第1項、2項割愛>

3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。

一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為

二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為

三 物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

 

特許権の侵害とは、原則として、対象となる特許の構成要件の全てを国内で実施することが求められます。

 

 

2.2 物の発明を例にした特許権の侵害:

「対象となる特許の構成要件の全てを国内で実施する」とはどういうことか?

ここでは簡単のために物の発明の例示として椅子の発明をとりあげます。

例えば、X社が有する椅子の特許権(日本の特許権)が

「(1)座面と、(2)脚と、(3)背もたれと、(4)ひじ掛け、とを有する椅子」 という権利であったとします。

この場合、A社がX社に無断で、下記の図の左側の椅子を日本で販売する行為は、X社の特許権の侵害となります。

なぜなら、A社は、X社の特許の構成要件である上記(1)~(4)の全部を有した椅子を販売しているからです。

 

一方で、B社がX社に無断で、下記の図の右側の椅子を日本で販売する行為は、X社の特許権の侵害にはあたりません。

B社の販売している椅子には(4)[ひじ掛け]がないからです。

 

2.3 特許が保護されるのは権利を取得した国に限られるという問題(属地主義):

特許権が保護されるのは権利を取得した国に限られ、権利を取得した国の領域を超えて、外国まで及ぶものではありません(「属地主義」)[iii]

例えば、X社が上に示した日本の特許権に対応する権利を米国で持っていないとします。

この場合、A社が米国で上記左側の椅子を販売しても、X社は米国では特許権を有していないので、原則として、A社の行為を止めることはできません。

 

2.4 インターネットサービスによる実施の現状:

Y社はインターネットサービスに関連する、下記のシステムの発明に関する特許権を有しているとします。

「(1)サーバーと、これとネットワークを介して接続された(2)端末装置 と、を備えるシステムであって、・・・を特徴とする、システム。」(“・・・”の部分は説明を簡単にするために省略します)

 

この場合、C社がY社に無断で、下記の図のように、海外にサーバーを置き、日本国内の端末に対してサービスを提供するとします。日本の端末からのリクエストに応じて、サーバーにて処理を実施、その処理結果を日本の端末に返すという感じです。

 

Y社にしてみれば、C社は、Y社の有する特許権の(1)と(2)を全部実施しているから侵害だ、という主張が可能とも思えます。

しかし、上述した属地主義を厳格に解釈すると、構成要件の一つであるサーバーは海外に置かれていることら、C社の行為は、日本の特許法において侵害と認めることにハードルが存在することとなります。

 

2.5 特許庁の動き:

現行制度とこれまでの運用を貫く限り、例えば、インターネットサービスに関連した発明は、たとえば、海外にサーバーを配置することで日本の特許権の侵害を容易に回避できてしまうという事案が多発してしまいます。

この問題は、以前から、論文や調査研究などを中心に問題提起や議論がなされてきました。

一見すると、上で説明した“属地主義”の問題を柔軟に解釈すればよさそうにも考えられますが、そのように運用できなかった理由の1つにBBS事件の最高裁判決があります。

この事件では、特許権についての属地主義の原則とは、「各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる」旨が示されており、この判決を覆す運用は難しかったといえます。

今回の新聞報道に見る特許庁の動きは、世の中の技術革新を見据え、実情に沿った対応を検討するために、改正議論に入ったとみることができそうです。

 

2.6 令和5年度調査研究における改正の議論:

国境をまたぐ侵害について、令和5年度に行われた調査研究での有識者検討会では、①実施の定義規定の明確化、②実質的に国内と認められる行為の判断基準の明確化、③間接侵害規定の整備の3つの観点から、条文をイメージしつつ議論されました。

その結果、②について、実施の「一部」が国内(発明の構成要件の一部が国外である場合に、発明の「技術的効果」及び「経済的効果」が国内で発現していることを要件として、実質的に国内における行為と認められる(=日本の特許権の効力が及ぶ)ことを明文化する意義について、おおむねコンセンサスが形成されたとしています。

 

3.おわりに:

2024年11月6日から産業構造審議会知的財産分科会・特許制度小委員会において、改正に向けた議論が始まりました。

国境をまたぐ侵害については、特許明細書の書き方にも大きく影響があることから、特許の専門家の間でも大変注目されている論点の1つです。

今後の動向にも注目していきたいと思います。

 

【参考文献】
[i] 「国内特許の適用拡大、海外サーバー利用でも保護 動画など想定」日本経済新聞 2024年11月5日 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO84569830U4A101C2NN1000/
[ii] 第50回特許制度小委員会 議事次第・配布資料一覧 | 経済産業省 特許庁
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/50-shiryou.html
[iii] 例えば、下記特許庁HP参照。
https://www.jpo.go.jp/news/shinchaku/event/seminer/text/document/2023_nyumon/1_2_5.pdf

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