知財推進計画 解説
1.はじめに
2026年6月12日、知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2026」を決定しました。
今年のキーワードは「成長戦略を支える知財戦略」。昨年の「IPトランスフォーメーション」から一歩踏み込み、具体的な実行フェーズへ移行すると捉えることもできます。
そこで今回は、スタートアップ・中小企業が今すぐ知っておくべきポイントを、2025年版との比較を交えて解説します。
2.2025年版・2026年版の「全体像」比較
まずは、25年と26年の全体像の理解として両者の骨格を比較してみます。
| 比較項目 | 2025年版 | 2026年版 |
| キャッチコピー | IPトランスフォーメーション | 成長戦略を支える知財戦略の推進 |
| ページ数 | 119ページ | 143ページ(+24ページ) |
| 戦略の柱数 | 3本柱 | 5本柱に拡大(コンテンツ投資・クールジャパンが独立) |
| AI対応の重心 | 利活用推進が主軸 | 「保護・ルール整備」へ重心移動。AI法施行後の具体化フェーズ |
| 国際標準戦略 | 新戦略を策定(スタート) | 17戦略分野の官民投資RMへビルトイン(深化) |
| コンテンツ・CJ(※) | フォローアップの位置づけ | 予算589億円超の「成長投資」として格上げ |
| スタートアップ関連 | 支援パッケージの検討 | デュアルユース支援が明記。知財取引指針の早期策定も |
| 開示強化 | 有識者検討の継続 | 令和8年度中に有報記載の方針を決定する期限設定 |
※:「CJ」は”クールジャパン”を示す
💡ポイント
2025年版が「変革の方向性を示した」計画だとすると、2026年版は「具体的に動く」計画です。抽象的な戦略から、予算・法改正・組織設置を伴う実行計画へとシフトしています。
3.2025年版と大きく異なる4つのポイント
昨年版を読んでいた方に特に注目していただきたい「変化点」を4つに絞って解説します。
① AIと知財:「利活用推進」から「ルール整備・保護」へ
2025年版の最重要テーマは「AI利用発明の発明者定義の法改正」と「生成AIの透明性確保」の検討開始でした。2026年版では、AI法がすでに成立・施行されており、論点が次のフェーズに移っています。
| 【2025年版:検討フェーズ】 | 【2026年版:実行フェーズ】 |
| 「どうルールを作るか」を議論
発明者定義の検討、透明性確保の方法論の議論、関係者ガイドラインの整備 |
「プリンシプル・コード」の制定へ
AI事業者が行うべき知財保護・透明性確保の原則を制定。クリエイターへの対価還元の枠組みを構築 |
💡スタートアップへの影響
・生成AIを活用して創作物・発明を生み出しているスタートアップは、今後「プリンシプル・コード」の対象になりうる可能性があります。
・学習データの使い方や権利処理のルールが明文化される前に、自社の生成AI活用方針を今から整理しておく必要があります。
② 国際標準戦略:策定から「17戦略分野への組み込み」へ
2025年版で19年ぶりに策定された「新たな国際標準戦略」。
2026年版では、日本成長戦略会議が選定した17の戦略分野(AI・半導体・量子・バイオ等)の官民投資ロードマップに国際標準化を「ビルトイン」することが明記されました。
💡スタートアップへの機会
17の戦略分野に関わるスタートアップにとって、国際標準活動への参加が資金調達・国際展開の「武器」になる可能性があります。特許庁が導入した「標準戦略対応審査」を活用すれば、標準化活動と特許権取得を連動させることができます。
③ コンテンツ産業:フォローアップから「大規模成長投資」へ
2025年版ではコンテンツ産業官民協議会の設置・映画戦略企画委員会の立ち上げといった「体制整備」が主な内容でした。
2026年版では、令和8年度当初・補正予算で約589億円超が措置され、「成長投資」として政策の格が一段上がっています。
2026年の主な予算措置(コンテンツ関連):約589億円超
大規模作品製作支援 / 流通プラットフォーム拡大支援 / 海賊版対策 / 次代クリエイター育成(複数年・弾力的支援) / グローバルビジネス人材育成
④ 知財取引適正化:調査から「指針の早期策定」へ
2025年版では「大企業による中小企業・スタートアップの知財・ノウハウの無償取得」の問題を調査する段階でした。2026年版では知的財産取引適正化WGの報告書(2026年3月公表、下記参考文献参照)を踏まえた「知財取引指針」の早期策定が掲げられています。
💡中小企業への直接影響
大企業との取引で自社の技術・ノウハウを不当に低く評価されたり、無償で提供させられてきたケースへの是正措置です。指針が策定されれば、交渉力の弱い立場での不当な知財取引を断る「根拠」が整備されます。
4.スタートアップ・中小企業が注目すべき7つの変化
計画全体の中から、特に経営・事業に直結するトピックを7つピックアップしました。
① 企業価値担保権(2026年5月25日施行)
2025年版では「法律が成立(2024年6月)した」段階でした。2026年版では同法が2026年5月25日に施行済みです。知財・無形資産を含む「事業全体の価値」に着目した融資が実際に動き始めています。
- 不動産担保・経営者保証なしで融資を受けられる可能性
- 特許・ブランド・顧客基盤なども担保の対象に
- スタートアップ・知財型中小企業にとって資金調達の新しい選択肢
- 弁理士等の知財専門家と金融機関が協働する事業性評価の仕組みが並行整備中
② IPランドスケープの「17戦略分野」への拡大
AI・半導体・量子・バイオ・宇宙・防衛産業等の17戦略分野について、国等がIPランドスケープを実施し「勝ち筋」を明確化することが決定されました。
- 国が自らIPランドスケープを実施し、重点強化領域を整理・共有
- これらの分野のスタートアップは、自社技術がどの知財競争環境に置かれているか把握するヒントが国から提供される
- R&D投資の「出口戦略」として規制改革・市場創出との連動も強調
③ 種苗法改正案の提出・育成者権管理機関の設立
農業・フードテック系スタートアップに重要な動きです。育成者権の存続期間延長・輸出差止請求権の創設を内容とする種苗法改正案が国会に提出されており、今夏には育成者権管理機関が設立予定です。
- 農業・植物ベースのビジネスを展開するスタートアップは種苗法改正に備えた準備を
- 海外での品種登録・育成者権侵害対策の支援も強化
- フードテック分野のオープンイノベーション推進も明記
④ デュアルユース・スタートアップへの明示的な支援
2026年版で新たに登場したのが「デュアルユース・スタートアップ」への言及です。防衛・安全保障分野の調達・研究開発を「起爆剤」にスタートアップが成長するエコシステム強化が明記されました。
- 防衛・セキュリティ・デュアルユース分野のスタートアップに国の関心が向く
- 「最先端科学技術の知財の適切な保護と活用」を整理する方針
- 安全保障上の配慮(秘密保持等)とオープンイノベーションのバランスに注意が必要
⑤ 知財経営支援モデル地域の拡大(3地域→6地域)
2024年度に3地域(青森・石川・神戸市)でスタートした「知財経営支援モデル地域創出事業」が、2025年度は愛知・山口・熊本市を加えた6地域に拡大。事業プロデューサーの派遣を通じた伴走型支援が進んでいます。
- これら6地域の中小企業は特に手厚い支援を受けられる可能性
- 知財経営支援ネットワーク(特許庁・INPIT・日本弁理士会・日商・中小企業庁)がフル稼働
⑥ 生成AIによる「誘導型詐欺広告」対策の明記
2025年版にはなかった新テーマです。SNS上の誘導型詐欺広告(正規品を装って模倣品に誘導する広告)への対策として、IIPPF「SNS詐欺広告WG」が2025年度に発足しています。
- 自社ブランド・商品が詐欺広告に悪用されるリスクへの備えを
- 商標権の早期取得と、プラットフォームへの削除申請ルート確立が重要
⑦ 有価証券報告書への知財情報記載が「令和8年度中に方針決定」へ
2025年版でも議論されていた「知財・無形資産の開示強化」について、2026年版では「有価証券報告書の記載事項とすることも含め、令和8年度中に方針を示す」と期限が設定されました。
- 上場・IPO準備中のスタートアップは知財情報開示の準備を今から始めるべき
- 統合報告書等での自主的開示も促される方向
- 知財への投資を「成長投資として見える化」することが投資家との対話で有利に
5.数字で見る2026年の現状とKPI
計画に記載されている主な数値をまとめてみました。

💡注目
無形資産割合(日経225)は2025年に52%に達し、2035年目標の「50%以上」をすでに達成しました。一方、GII(グローバルイノベーション指数)順位は12位で目標の「4位以内」にはまだ遠く、AI利活用率も55.2%と海外(米独中は90%超)に大きく後れています。
6. まとめ:スタートアップ・中小企業が今年すべきこと
スタートアップ・中小企業の方々は、特に以下の項目を意識して活動されてみてはいかがでしょうか。
1) 生成AI利活用のルール整理
自社での生成AI活用方針・学習データの扱い方を文書化し、今後制定される「プリンシプル・コード」に対応できる準備を
2) 企業価値担保権の活用検討
知財・無形資産を担保に融資を受ける新制度が5月施行済み。メインバンクや弁理士に相談を
3) 17戦略分野との自社ポジショニング確認
AI・量子・バイオ等の戦略分野に関係する場合、国のIPランドスケープ結果やR&D支援の動向を注視
4) 大企業との知財取引を見直す
「知財取引指針」策定前後に、秘密保持契約・共同開発契約・ライセンス条件を再確認
5) 上場・IPO準備中の企業
知財情報の有報記載が令和8年度中に方針決定の予定。開示準備を今から
7) デュアルユース分野のスタートアップ
防衛・安全保障分野との連携が国策として明示されたタイミング。最先端知財の保護と活用の整理が急務
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<参考文献>
・知的財産推進計画2026(2026年6月12日 知的財産戦略本部決定)
・知的財産推進計画2025(2025年6月3日決定)
・(令和8年3月11日)「知的財産取引適正化ワーキンググループ報告書」について | 公正取引委員会
