一度消えたブランドが売上1,365億円になるまで ~オニツカタイガー復活にみる「古さ」を価値に変える仕組み~

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※連載「オニツカタイガーとブランド知財」第2回(全4回)

はじめに

前回の記事(あの「オニツカタイガー」が独立会社に ~アシックス分社化ニュースにみる急成長ブランドの今~)では、アシックスによるオニツカタイガー分社化のニュースを整理しました。

今回はその前提となる疑問——「そもそも、なぜ昔のスポーツシューズブランドが、いま高級ファッションブランドとして世界で売れているのか」——を掘り下げてみます。歩みをたどってみると、「古さ」は、ビジネスの土俵を変えると「本物の歴史」という強力な価値に変わる——そんな仕組みが見えてくるように思います。

ブランドの歩み:スポーツ→消滅→ファッションで復活

① 1949年〜:スポーツシューズの時代

創業者の鬼塚喜八郎氏が神戸で創業し、バスケットボールシューズから始まって、マラソン、バレーボールなど競技用シューズの「タイガー」ブランドとして成長しました。1960〜70年代には日本を代表するスポーツシューズであり、多くのオリンピック選手が履いていました。古くから馴染みのある方が記憶している「スポーツのオニツカ」は、この時代の姿です。

② 1977年:アシックス誕生とともに、いったん消える

1977年、オニツカ株式会社は他2社と合併してアシックスが誕生します。以後スポーツシューズは「ASICS」ブランドに一本化され、「オニツカタイガー」の名前は表舞台から姿を消しました。ここから約四半世紀、オニツカタイガーは休眠ブランドだったのです。

③ 2002年:「ファッションブランド」として復活

アシックスは2002年、復刻スニーカーブームの中でオニツカタイガーを「日本のヘリテージ(遺産)を持つファッションブランド」として復活させます。最新の性能を追うASICSに対し、オニツカタイガーは昔のデザインをあえてそのまま楽しむブランド、という役割分担です。復活の追い風になったのが、2003年公開の映画『キル・ビル』です。主人公が履いた黄色のスニーカー「TAI-CHI(タイチ)」によって、海外での認知度は一挙に高まりました。この黄色い衣装はブルース・リー主演の映画『死亡遊戯』へのオマージュとしても話題になり、ブランドの物語性をいっそう強めることになります。

④ 2010年代後半〜:高級路線とインバウンドで爆発的成長

その後は高級ファッション路線を強め、1966年生まれのデザインを受け継ぐ定番モデル「MEXICO 66」が、特にアジアからの訪日観光客に「日本で買うべきスニーカー」として大人気になります。売上高は2023年12月期の630億円から、2024年12月期は954億円、そして2025年12月期は1,365億円と、わずか2年で2倍以上に急成長しました。

なぜ「古さ」が価値になるのか

ここで一つの疑問が湧きます。数十年前の設計の靴は、スポーツ用品としてみれば時代遅れのはずです。それがなぜ強みになるのでしょうか。

私なりの答えは、ファッションの世界では、お客さまがお金を払う対象が「性能」から「物語」に変わるからではないか、というものです。

高級ブランドのバッグが高価なのは、素材の性能が価格分だけ優れているからではありません。「その歴史と物語を持つこと」に価値があるからです。そして物語の材料となる「本当にその時代に存在した」という事実だけは、どんな大企業がいくらお金を積んでも、後から作ることができません。

新興ブランドが「1960年代風のレトロなスニーカー」を今日デザインすることはできます。しかしそれは「レトロ風」の模倣にすぎません。オニツカタイガーのMEXICO 66は、1968年のメキシコシティオリンピックに向けて実際に開発されたシューズ「リンバー」のデザインを受け継いだモデルです。ジーンズにたとえるなら、工場でわざと穴を開けたダメージ加工と、本当に50年履き込まれたヴィンテージの違いです。

つまり同じ「古さ」という事実が、

  • スポーツ用品として戦えば:性能が時代遅れ=弱点
  • ファッションブランドとして戦えば:誰にも真似できない本物の歴史=強み

と、土俵を変えるだけで正反対の意味になります。2002年の復活でアシックスが行ったのは、まさにこの「土俵の変更」でした。

価値を「守る」ための徹底した規律

もう一つ見逃せないのが、復活後のブランド管理の徹底ぶりです。

  • 直営店中心の販売(直販)にこだわり、価格やブランドイメージを自社でコントロール
  • セールをほとんど行わず、95%以上の商品を定価で販売。「ビジネスとしての判断」よりも「ブランドとしての判断」を先に置く、とブランド責任者の庄田良二氏がインタビューで語っています
  • 絶好調にもかかわらず、2026年12月期の売上計画はあえて前期比11%増と成長を減速させる方針。アシックス経営陣は「売り上げを求めすぎて価値が毀損するのは避けなければいけない」と明言しています

希少性と物語で成り立つビジネスは、売れば売るほど希少性が薄れるという矛盾を抱えます。「売れるときに、あえて売りすぎない」という規律は、ブランドという資産を維持するためのコストと捉えられるのではないでしょうか。この点は、以前ご紹介したヤマト運輸の事例(ヤマト運輸のブランド力について)——ブランド力は一朝一夕ではなく継続的な活動で作られる——とも通じるものがあります。

知財目線で、この事例から考えてみたいこと

1. 自社の「歴史」の棚卸し
知財目線でいうと、創業の経緯、初代の製品、古い商標やロゴといった自社の「歴史」を一度棚卸ししてみることが、留意すべきポイントになるのではないでしょうか。「古い」と思っているものが、土俵を変えれば「本物の物語」という模倣できない資産になり得るからです。老舗の和菓子屋さんの「創業300年」が価値を持つのと同じ構図です。

2. 「やらないこと」を決めておくという視点
値引きや安易なコラボ、販路の無秩序な拡大は、目先の売上と引き換えにブランドの文脈を損なうおそれがあります。オニツカタイガーが「セールをしない」「ブランドとしての判断を先に置く」を貫いているように、自社なりの「やらないことリスト」をあらかじめ決めておくことも、ブランド価値を長く保つうえで一つの有力な選択肢になるように思います。

まとめ

一度消えたブランドが、歴史を武器に世界的ラグジュアリーへ——この物語の裏側には、実は知的財産の実務が深く関わっています。四半世紀の休眠中も商標権を手放さなかったこと。期限のある意匠権から永続する商標権へ、デザインの保護を「載せ替えた」こと。分社化に伴うブランドの帰属設計。

次回は、この事例を知財実務の目線で眺め直して、「知財目線でいうと、ここが留意点になるのではないか」と感じたポイントを整理してみたいと思います。

参考文献

  • nippon.com「世界を魅了するオニツカタイガー スニーカーから『ファッションブランド』へ」 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02581/
  • 映画.com 特集「『キル・ビル』元ネタ辞典」(黄色い衣装とスニーカーが『死亡遊戯』へのオマージュであることの出典) https://eiga.com/movie/1099/special/
  • オニツカタイガー公式サイト 75周年記念ページ「Evolution of MEXICO 66」(MEXICO 66のデザインの由来——1961年発売「リンバーアップ」を基に68年の国際大会向けに開発された「リンバー」——の出典) https://www.onitsukatiger.com/jp/ja-jp/brand/75th-anniversary/mexico66
  • WWDJAPAN「虎の子『オニツカ』 あえて成長減速」 https://www.wwdjapan.com/articles/2326209
  • DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「オニツカタイガーでは『ビジネスとしての判断』よりも『ブランドとしての判断』が先に来る」(庄田良二氏インタビュー) https://dhbr.diamond.jp/articles/-/12365
  • アシックス公式サイト「アシックスの歩み」ほか企業沿革情報、IR情報(決算短信・決算説明資料)

※本記事は公開されている報道・行政情報をもとに作成したものであり、個別の法的判断を示すものではありません。

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