※連載「オニツカタイガーとブランド知財」第4回・最終回(全4回)
はじめに
本連載では、2026年6月に発表されたオニツカタイガーの分社化を入口に、ニュースの中身(第1回)、消滅と復活のブランド史(第2回)、知財目線での6つの留意点(第3回)を見てきました。
最終回の今回は、この事例を中小企業・スタートアップの実務に引き付けます。売上高1,365億円(前期比43%増)、直近四半期の粗利益率は74.7%——この数字だけを見ると「大企業の話」に聞こえるかもしれません。しかしオニツカタイガーが実践してきたことの本質は、規模に関係なく応用できる、ブランド知財戦略の教科書です。
圧倒的な収益性はどこから来たのか
オニツカタイガーの2025年12月期実績は、売上高1,365億円・カテゴリー利益514億円(利益率37.7%)。さらに2026年12月期第1四半期の粗利益率は74.7%(いずれもアシックス決算説明資料より)と、一般的な靴・アパレル企業では考えにくい、ラグジュアリーブランド級の水準です。
なぜここまでの収益性を実現できたのでしょうか。理由はシンプルで、ブランドが希少性と世界観を持ち、価格支配力を持っているからです。
値引きしなくても売れる。大量に作らなくても売れる。それを可能にしたのは技術革新でも莫大な広告投資でもなく、長年ブランドの文脈を守り続けたという一点に尽きると言えるのではないでしょうか。
オニツカタイガーがやってきた3つのこと
① 「何者か」を1文で定義した
アシックス自身が決算説明会で、オニツカタイガーを「日本発のラグジュアリーライフスタイルブランド」と位置づけています(2025年度決算説明資料より)。
最新の性能を追求するスポーツブランドの「ASICS」とは対照的に、ヘリテージ(歴史)とクラフトマンシップを軸にしたファッションラグジュアリーという独自のポジションを明確に定義したのです。この「自分たちは何者か」という定義こそが、すべての意思決定の基準になっています。
ブランドを育てるということを意識しない企業は、この定義があいまいなまま事業を進めてしまいます。商品は増え、チャネルは広がり、気がつけば「何屋か分からない」状態になりがちです。
② 「やらないこと」を決めて守った
経営陣が徹底したのは、売れるものを作る「誘惑」を断ち切ることでした。
販売チャネルを直営店・直営ECに絞る(DtoC)。95%以上の商品を定価で販売する。「ビジネスとしての判断」よりも「ブランドとしての判断」を先に置く——ブランド責任者の庄田良二氏が、インタビューでそう語っています(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー)。
ブランドは「やること」ではなく「やらないこと」によって守られます。目先の売上を優先すると、ブランドの文脈は簡単に壊れてしまいます。意思決定の基準を明文化・共有しておくことが、長期的なブランド価値の維持につながります。
③ 体験をコントロールし続けた
直営店にこだわった理由は、価格コントロールだけではありません。「ブランド体験の品質管理」のためです。
バルセロナ・ロンドン・パリの目抜き通りへの大型直営店の出店(2025年度決算説明資料より)をはじめ、世界各地の直営店で、空間・接客・商品ラインナップまで一貫した世界観を体現しています。第1回でご紹介した新宿の世界最大旗艦店も、この延長線上にあります。EC時代においても、自社がコントロールできるリアルな接点を持ち続けることが、ブランドの価値を守るのです。
「守りの知財」だけでは不十分
知的財産というと、多くの経営者は「商標登録」「特許出願」といった手続きをイメージされると思います。それ自体は正しいのですが、これらは「守りの知財」に過ぎません。
オニツカタイガーが実践したのは、その先にある「攻めの知財」です。
| 攻めの知財(価値を生む) | 守りの知財(価値を守る) |
|---|---|
| ブランドストーリー・世界観の言語化 | 商標登録(国内・海外主要市場) |
| 独自のデザイン言語・視覚的アイデンティティ | 意匠登録(プロダクトデザインの模倣防止) |
| 「やらないこと」基準によるブランド規律 | ライセンス・業務委託契約でのブランド使用条件の明記 |
| 顧客体験の設計と一貫した運用 | 不正使用・模倣品への法的対応の仕組み化 |
※この表はブランド知財を考える上での一般的な類型整理であり、オニツカタイガー自身の個別の権利取得状況(意匠登録の有無など)を示すものではありません。
よくある失敗は、「守りの知財」だけを整備して「攻めの知財」を後回しにすることです。商標を取っても、ブランドの文脈が弱ければ市場での差別化にはなりません。逆もまた然りで、どれほど良い世界観を作っても、権利の裏付けがなければ模倣に対して無力です(この点は「”名前”は企業の未来を決める」でもご紹介しました)。
今日から始めるブランド知財チェックリスト
オニツカタイガーの事例をご自身の会社に置き換えると、次のような問いになります。
□ 自社ブランドの「コンテキスト」を1文で表現できますか
「なぜ自分たちがこれを届けるのか」を経営者・全社員が同じ言葉で語れる状態を作りましょう。
□ 「やらないこと(don’t)」リストを社内で共有していますか
ブランドの文脈を壊す取引・コラボ・値引きの判断基準を明文化しましょう。
□ 主要商標を国内・主要海外市場で登録済みですか
少なくとも事業展開中の国では、社名・ブランド名・ロゴの商標を先行登録しましょう。
□ 流通チャネルごとにブランド基準を設けていますか
卸・EC・直販でブランドの見え方・価格・体験品質を統一的に管理しましょう。
□ 外部パートナーとの契約にブランド使用条件を明記していますか
ブランドロゴ・世界観の使用範囲・監修権を契約に盛り込みましょう。
□ ブランドの体験拠点(リアルまたはデジタル)を持っていますか
SNS・ポップアップ・ショールームなど、自社がコントロールできる接点を確保しましょう。
まとめ:連載を終えて
4回にわたってオニツカタイガーの事例を見てきました。一度消えたブランドが、商標の維持・歴史の資産化・徹底したブランド規律によって、独立会社を作るほどの事業に育つ——この物語が示すのは、「規模が小さくても、ブランドの文脈を愚直に守れば、圧倒的な収益性を持つ事業を作れる」という事実です。
ブランドは育てるものであり、守るものです。そのためには「攻めの知財」と「守りの知財」の両輪が必要です。まずは自社のブランドを「知的財産」として捉え直すことから始めてみてください。
商標登録の手続きはもちろん、ブランド戦略と知財の組み合わせ方についても、弁理士にご相談いただける内容です。チェックリストの中に気になる項目が見つかった方は、こちらからお気軽にご相談ください。
今回もご覧いただきありがとうございました。
参考文献
- アシックス「2025年度 決算説明資料(スクリプト)」P3・P19〜21(売上高1,365億円・カテゴリー利益514億円・「日本発のラグジュアリーライフスタイルブランド」の出典)
- アシックス「2026年12月期 第1四半期 決算説明資料」P23(粗利益率74.7%の出典)
- DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「オニツカタイガーでは『ビジネスとしての判断』よりも『ブランドとしての判断』が先に来る」(※後半は有料。95%定価販売・「ブランドとしての判断」が先という記述は無料部分) https://dhbr.diamond.jp/articles/-/12365
- WWDJAPAN「虎の子『オニツカ』 あえて成長減速」(販売が直営店・直営ECのみであることの出典) https://www.wwdjapan.com/articles/2326209 (Yahoo!ニュース転載版でも閲覧可) https://news.yahoo.co.jp/articles/d0f59292d76e18f3c9878f648898ba588d2cb84f
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